circaのブログ

ほんでもまんで生きとるわいね

線維筋痛症と慢性疲労症候群という病気を知っていますか

線維筋痛症慢性疲労症候群。多くの人にとっては未だ耳慣れない言葉だと思うけれど、日本ではどのくらいの人がこの二つの病気のことを知っているのだろう。当事者のわたしには、少なからず興味がある。

 

今朝の『おはよう日本』で、線維筋痛症と、慢性疲労症候群という二つの病気が取り上げられた。寝起きで寝ぼけた頭で偶然わたしはテレビを見ていた。そして病名を聞いた途端、一気に目が覚めた。番組では、それぞれの疾患を患っている二人の患者さんが紹介されていた。

 

線維筋痛症の患者さんの家の蛍光灯は、ハンカチで覆われていた。まぶし過ぎて彼女の身体に障るという。彼女の家の外では、何かの工事が行われていた。重機のガガガガという大きな音がする。彼女は「音が・・音が・・」と言いながら、必死で窓を閉める。そして取材の途中で「すみません」と言って横になってしまった。光と音の刺激がトリガー(引き金)となって、疼痛が悪化してしまったのだ。彼女の家の蛍光灯を見た瞬間、わたしも「うわ、まぶし過ぎる。痛い!」と思ったもの。

 

慢性疲労症候群の患者さんは、元看護師さんだという。症状が徐々に進行していって、遂に働けなくなり、彼女は仕事を辞めたという。彼女の部屋には、テーブルの横に枕と毛布がある。そして彼女は、「毎日こんな風にしています」と言って、毛布にくるまって横になった。一見、具合が悪くて横になっているだけに見える。けれど実際にはそんなもんじゃない。言葉では言い表せないほどの異常な疲労感に苛まれて、彼女は起きたくても自力で起き上がれないのだ。

 

わたしも、線維筋痛症患者だ。慢性疲労症候群については、現在かかりつけ病院で経過観察中だ。「せめて慢性疲労症候群だけは併発していませんように」と虚しく祈ったりもする。でもFMS(線維筋痛症)患者がCFS(慢性疲労症候群)を併発することは、全くもって珍しくないのが現状なのだ。ため息が出る。

 

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・・と、昨日はここまで書いてこのブログを「下書き保存」して寝た。テレビで特集されたことを書くつもりだったのだけれど、わたし自身も同じ難病を抱える身なので、彼女たちの痛みが我が身のことのように感じられて、「線維筋痛症がテレビで取り上げられました。嬉しいです!」と書く前に、気持が萎えてしまったのだ。だって痛いんだもん、このビョーキ。ホントに、冗談じゃないのよ。と、わたしの心の中ではこんなオチになってしまったのだ。

 

線維筋痛症慢性疲労症候群という二つの病気について、あれこれ思いを巡らせていたら、夜にはわたし自身が疼痛発作を起こした。で、深夜に鎮痛剤をごっくん飲んで、寝た。

 

思考力が完全に停止しちゃったんだよね、わたし・・( ;∀;)

 

来年の1月から、難病医療費助成制度というのが実施される。これまでよりも、医療費の助成を受けられる疾患数がぐんと増えるらしい。けれどFMSやCFSの患者は、その対象に入っていない。つまりわたしたちの医療費はこれまで通り高額で(平均で月2~3万円)、治療費が家計を圧迫する = 患者は全身の激痛や疲労感で就労も困難、もしくは不可能 = 薬代・治療費が高額過ぎるため、通院を断念せざるを得ないという、負のスパイラルから脱け出せない。その一例として線維筋痛症と、慢性疲労症候群の患者さんが紹介された。助成の対象から外れた難病者たちの苦悩に焦点を当てたのが、昨日の『おは本』の趣旨であったと思う。

 

CTでもMRIでも血液検査でも、何の異常も発見されない。けれど患者は全身の耐え難い痛みを訴え続ける。痛みで眠れない。痛みで起き上がれない。痛みで歩けない。車椅子の患者さんも、現に多い。わたしはまだ、松葉杖で歩けるけれど。

 

患者一人ひとり痛みのレベルはもちろん違うけれど、疼痛レベルが高くなると寝たきりになり、家族の介護に支えられて生きる患者たちもいる。極限の痛みは患者から夢や希望を奪い、時には生きる気力さえも失う。線維筋痛症は、命にかかわる病気ではない。24時間、365日、耐え難い激痛と向き合いながら延々と生き続けるのだ。欧米では、線維筋痛症患者の死因の第一位は、自殺だという。それでも線維筋痛症という病気は知名度が低く、心の病気や詐病と誤解されることが未だに多いのが現状だ。患者の多くは社会や家庭の中で孤立し、精神的・肉体的にも追い込まれてしまう。

 

わたしもFMSを発症して以来、何度かそういった誤解や無理解に遭遇してきた。それで、自分の病気のことは隠しはしないけれど、話すことは極力避けるようになった。病状は、去年の冬から加速度的に悪化している。FMSは進行性の病気ではないかと、思い始めている。極度の痛みのために、これまで何とか出来ていた家事や、大好きな散歩が、徐々に出来なくなってきている。鎮痛剤も段階的に強いものに変わり、その処方量も、今は大分増えた。

 

でもいいことも沢山ある。数年前からわたしはSNSをやっている。そこで、海外の線維筋痛症の友達が沢山出来た。線維筋痛症だけじゃなくて、今までわたしが知らなかった別の難病と闘っている友人も出来た。みんなcyber friendsだ。でも、フロリダにもニューヨークにもロンドンにもバーミンガムにもダブリンにも、わたしと同じ孤独感と、24時間容赦なく襲ってくる身体の痛みに耐えながら生きている人たちがいる。国は違っても、育った環境も髪の色も肌の色も何もかもが違っても、わたしたちは同じ「痛み」を共有している。周囲の無理解に苦しんでいる。その痛みや苦しみを、わたしたちはネット越しに共有している。最近では、日本全国の同病者の人たちとも知り合えた。

 

FMSを発症以来、行動範囲がどんどん狭くなり、小さくなったわたしの世界は、ネットを通じて再び広がったのだ。フロリダの青い空や、ロンドンの灰色の空の下で、わたしと同じように慢性疼痛に苦しむ友人たちの顔を思い浮かべる。そして彼女たちにポストカードを書く。時には長い手紙も書いて送る。そして数日後、遠い海の向こうから返事が届く。こうしてわたしたちの交流は、どんどん深まっている。

 

わたしは今まで頑なに、自身が抱える難病について書くことを避けてきた。これまでも何度か、色んなところでブログを書いてきたけれど、FMSについて書こうと思ったことは一度もなかった。でも昨日の『おは本』の特集を見ていたら、少し気持が変わった。わたしは初めて、線維筋痛症というこの不可解な病気について、自分の言葉で、時にはボヤキながら、書いてみたいと思った。

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