circaのブログ

ほんでもまんで生きとるわいね

障害者の恋愛

今朝、同病の友人とSNSでチャットをしていた。彼女はイギリス人で病状はわたしより重く、車椅子生活を送っている。彼女は小学生の娘さんがいてバツイチ。けれど優しくて素敵なボーイフレンドと幸せに暮らしている。

 
そう思っていた。今朝彼女と話をするまでは。
 
彼女は、それ程しあわせでもないらしかった。土曜の夜彼は、別の女性と街へ繰り出して行ったという。車椅子の彼女は家で一人、身体の痛みと孤独感に苛まれながら、眠れない夜を過ごしていると言っていた。イギリスと日本は、今は9時間の時差だから、こっちの日曜の朝、向こうは土曜の夜なのだ。
 
わたしが質問をする前に、彼女は矢継ぎ早に話を進めた。彼が別の女性と浮気、というか、付き合っているのは、彼女はもうずっと前から知っていたという。何度か別れを考えたけれど、それでも彼のことが好きで別れられないそうだ。それで彼の浮気を容認した上で、不自然な同棲生活を続けていると。
 
しかもその彼は最近彼女に「車椅子のきみと一緒に出掛けるのは正直恥ずかしい」とまで言ったそうだ。きみが健康で障害者でなかったら、きみとの結婚もあり得たろうけれど・・って。
 
なんで、なんで、なんで⁉︎ 全く分からないよ。あなたはそれを聞いて腹が立たなかったの? そんな風に扱われて、あなたはそれでいいの?
 
でも彼女が彼を「愛している」というので、わたしは口をつぐんだ。だってきっと、彼女はもう分かっている筈だから。彼の不実さを一番分かっているのは、わたしではなくて彼女の筈だ。それでも彼女が彼を許すのは、彼に捨てられてまた一人になることが怖いからかも知れない。世の中には男性がいないと生きていけない女性っているし、彼女もその類かも知れない。ならば尚更、わたしに言えることはなかった。わたしが彼を非難するようなことを言えば、彼女は余計に傷つくだけだ。的を得るようなことを言ったって、今の彼女にとっては心の痛みが増すだけ。そう思った。冷たい雨の降る深夜のイギリスで、彼女は一人で泣いているのだから。
 
車椅子の生活は確かに不自由だろう。彼の彼女に対する好意は、お情けなのか気まぐれなのか、それとも彼の心の中にある罪悪感ゆえなのかは分からない。彼女の車椅子を押して歩いてくれる(時もある)彼を失いたくない彼女の気持は、分からないでもない。でもフェアじゃないよ。断じてフェアじゃない。わたしは男性がいてもいなくても生きていける奴だから、「車椅子のきみが恥ずかしい」なんて言われた時点で分かれてしまうだろうけれど。
 
こう言っては失礼だけれど、男性として人間として、わたしはその彼のことが全く受け入れられない。尊敬できない人だ。
 
けれど現実に、線維筋痛症を患っている人たちの中で、恋愛や結婚生活をしあわせに送っている人は、少ない。アメリカ人であろうがイギリス人であろうが日本人であろうが、皆と交流していてよく目の当たりにするのは、相手の無理解や無関心に苦しむ女性患者たちの悲しみや絶望の姿だ。幾つになっても、こんな難病を患っていても、恋愛は出来るし、結婚だって不可能じゃないと、楽観的に盲目的に信じているわたしでさえ、時々、そんなことは絵空事かも知れないって、諦めに似た気分になることもあるもの。
 
どうか自分を過小評価したり卑下したりしないで。あなたはあなたのままで十分に愛される資格も価値もあるのだから。わたしが彼女に言えたのは、この一言だけだった。

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