circaのブログ

ほんでもまんで生きとるわいね

障害者である前に人間でありたい

まだまだ残暑の厳しい毎日なのだけれど、陽が暮れて辺りが暗くなると、コオロギだか鈴虫の鳴き声が、蝉の合唱にとって代わるようになった。

 

わたしの日常は相変わらず、昼と言わず夜と言わず、麦茶を飲んでアイスを食べて、夏の生活そのものなんだけれど、季節は確実に秋へと移っているんだな・・なんてことを考えながら、昨夜は夜道を家路についた。

 

2週間の日本でのホリデーを終え、わたしの幼なじみは今日、ロンドンへ帰って行った。ロンドンの我が家でゆっくりする間もなく、彼女は火曜日から仕事でアメリカだそう。相変わらずの忙しさと、文字通り世界を股にかけて飛び回る彼女を、心から羨ましいと思った。

 

生まれつき脚が悪くて、イギリスへ戻れば主治医から手術を勧められているというのに、先天性の障害をものともしない彼女の強さは、これまた心から学びたい。本当にそう思う。後天性の障害者となったわたしは、すぐ凹む。五体満足だった頃の『失った自分』の記憶から、中々逃れられないで、凹む。へたれで、ココロも弱い。だから彼女の強さはわたしの憧れで、彼女と同じにはなれなくとも、少しでも近づきたいと思う。

 

東京滞在最後の夜、彼女と遅くまでカフェで話をして、笑顔で別れた。

 

コウロギだか鈴虫のリンリンという鳴き声を聞きながら夜道を歩いている時、ある人がわたしに言った言葉を思い出した。

 

「障害者である前に、人間であって欲しい」

 わたしは人間で、障害者っていう肩書は二の次なんだ。

 

わたし自身の弱さを思いながら、秋の音に耳を澄ませながら、少しだけ胸を張って歩いてみた。脚は引きずったままでも、誰も見ていなくても、とにかく胸を張って歩きたかった。

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