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circaのブログ

ほんでもまんで生きとるわいね

友達力

昨夜は久しぶりに夜の街へ出掛けて来ました。

友人たちに会いに。夏に会って以来だから、4カ月ぶりの再会です。

とても楽しかったけれど、わたしは中々笑顔が出ませんでした。

筋痛症の疼痛が酷く、一番強い鎮痛剤も効きません。しかめっ面を隠すためにキャスケットを目深にかぶっていたら、友人の一人から「黒づくめの服に帽子で顔隠して、まるで犯罪者みたい」と笑われました。

 

夕飯を食べにお店に向かってみんなで歩いていると、あっという間にわたしだけはぐれそうになりました。みんな歩くの早いなあ。これが健康な人の歩幅とスピードなんだな。

 

障害者になって10年が経つけれど、親しい友人の背中を見ながら歩くのは、今でも慣れません。みんなと足並みを揃えて歩けないことで、少し寂しい気分になります。でも4人集まった内の一人、わたしの幼なじみだけが、いつもみたいにわたしと歩幅を合わせてゆっくり歩いてくれました。そして、先を行く他の二人を呼び止めてくれました。立ち止まって振り向いた二人は「ごめんごめん。Nちゃんを無駄に歩かせないように、わたし達が先に行ってお店探して来ようと思ったら、早足になっちゃったよ」そうだったんだ。寂しいなんて思ってごめん。みんなありがとう。友人たちのさりげない優しさや気遣いが、心に沁みました。

 

本当は昨夜は、わたしが友人たちの痛みに寄り添うつもりで出掛けて行ったのに、結局またわたしが助けられてしまいました。特に昨夜は、わたしの幼なじみのことが心配でした。東京へ戻る機内で一人泣いてきたと言っていた幼なじみ。わたしは肝心な時こそ口下手で、うまい言葉が言えません。うん、うんと頷いて、彼女の悲しいお土産話を一通り聞いた後、「これ美味しいから食べてごらん」と、ぶっきらぼうにデザートを差し出すだけ。「うわ~、これ美味しいね、美味しいね」彼女が無理矢理笑おうとするので、わたしの心も痛みました。

 

大切な友人が辛い時、悲しい時、わたしに出来ることはそう多くはないけれど、せめてその人の隣に座って、黙って話を聞いていたい。わたしも、いつもそうして貰って、どれ程救われてきたか分からないから。

 

「ほら、あそこがアマンドだよ」

「うわ~、アマンド入ったことないけど、ケーキとか美味しそうだよね。今度行ってみようか」

「うん」

 

六本木の夜は、金曜日のせいもあってか、人でごった返していました。

いつも明るい友人が、滅多に見せない涙を流した夜。

 

お前さんが悲しい時も寂しい時も、あたしゃお前さんの味方だよ。気の済むまで泣くといいよ。ずっと傍にいるから、大丈夫だよ。

 

みんなと別れて地下鉄に乗ってから、嗚呼と思いました。

今夜もまた、一番大切なことを言えなかったじゃないかと。

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