circaのブログ

ほんでもまんで生きとるわいね

ちょっと不思議な出来事

去年の暮れ、8年間一緒に暮らした小鳥が永眠した時のこと。

 

落鳥した子は、わたしはその日の内に土へ還すことにしている。

随分と昔、目に入れても痛くない程可愛がっていたゲンちゃんというボタンインコがいた。その子に死なれた時は悲しみの深さゆえ中々埋める事が出来ずに、3日間ゲンちゃんの亡骸と添い寝したことがあった。友人にさとされてようやく3日目に土へ還したのだけれど、死んだ小鳥を傍に置いておくと、死別の悲しみを乗り越えられない、ということを学んだので、以来小鳥が落ちるとわたしは、その日の内に土へ還すようになった。

 

ところが、つい先日最期を看取ったコムを埋めに行こうとしたら、いつもベランダに置いてある筈のスコップが見当たらない。狭いベランダをくまなく探しても、その夜スコップは出て来なかった。それで一晩、コムの亡骸を抱きながらおいおい泣いて、寝た。

 

翌日、日が昇って明るくなった頃、ひょんなところからスコップが出てきた。それでコムを、お★さまになった他のお友達と同じお墓に埋めに行こうと思った。みんなが眠っているのは、わたしの家がある集合住宅の裏庭の片隅だ。ところが今度は、わたしの身体が痛過ぎて動かなくなった。まだ日も高いから後で埋めに行こうと思って、ひとまず部屋で横になった。

 

コムの亡骸が入った小さなキャリーは、わたしの目の前にあった。

亡骸であっても、コムはわたしの大切な小鳥だった。一時も離れたくなかった。

 

こたつでうたた寝してしまったわたしは、「ああ、そろそろコムを土に還してあげなきゃ・・」と思いながら目が覚めた。その時、目の前のキャリーから「カタンコトン」と、何かが動くような音がした。寝ぼけてはいたものの、「カタンコトン」はキャリーの内側からハッキリ聞こえた。わたしはハッと飛び起きて、キャリーを開けてみた。でもフカフカのタオルに包まれたコムは、当たり前だけど死んだままだ。コムの頭を撫でながら、わたしはまた泣いた。小さなキャリーを抱いて、コムに話しかけている内に、わたしはまた寝入ってしまった。

 

次に目が覚めた時、まだ日は高かった。さあ、今度こそ意を決してコムを埋めてあげないと、わたしも気持の整理がつかない。そう思って起き上がった時にまた、キャリーの中から「カタンコトン」と音がした。またもやハッキリ聞こえる。で、わたしはまた、淡い期待を抱きつつキャリーを開けてみるのだけれど、コムはもう微動だにしない。

 

因みにキャリーの中をくまなく調べたけれど、コムの他には、虫一匹いなかった。

 

コムが何かを伝えたいんじゃないか。そんな思いが、どうしても頭から離れなかった。そして結局コムは、数年前にお★さまになったハル子やハジメ達とは別に、ベランダにある大きなプランターの土に還すことにした。

 

今は植物も植えていない、土だけがこんもりと盛られた空のプランターには、実はゲンちゃんが一人で眠っている。3日間亡骸と添い寝したゲンちゃんだ。10年以上も前に、この土に還ったゲンちゃんの面影はもう、ひとかけらも残っていないけれど、土を深々と掘っていたら、コムはまるで吸い込まれていくように、わたしの手からスルッと土の中へ滑り落ちて行った。コムはまるで、自分の意思でプランターの土の中へ入っていったようにさえ見えた。コムの頭を撫でて、さよならを言って、土をかぶせた。コムは結局、自宅のベランダで永遠の眠りについた。

 

コムを土へ還して数日後。わたしはベランダで洗濯物を干していた。

 

ふと4階のベランダから裏庭を見ると、ハル子達が眠っている「小鳥のお墓」の辺りに、三匹の猫が座っていた。みんな飼い猫に違いないのだけれど、階下に住む人が無類の動物好きで、毎日この猫達に餌をあげている。そろそろ餌の時間らしく、猫たちは3階のおばさんが餌を持ってきてくれるのを待っていた。

 

そっか、そういうことだったのか。

 

コムを「小鳥のお墓」に埋めようとする度に、コムの入ったキャリーがカタンコトンと鳴ったのは、コムが「ボクをそこへ埋めないで」と言いたかったのかも知れない。そう解釈して、わたしは勝手に納得した。猫ちゃん達に毎日傍に寄ってこられたんじゃ、確かにコムは落ち着いて眠ることは出来ないだろうから。

 

勿論わたしは、猫の習性を非難などしない。猫には猫の可愛らしさがあるし、餌を待っている三匹の猫達の丸っこい姿は微笑ましい。

だけど死んだ子とはいえよそ様の猫達に、わたしの大切な家族だったコムを掘り起こされてもいいかと言えば、それは全く別の話だ。

 

スコップはコムが隠した訳じゃない。

カタンコトンという音も、夢うつつのわたしが聞いた幻聴だったのだろう。

けれど今コムは、ゲンちゃんと同じ土の中で、安らかに眠っている。

本当はこれ、インコ日記に書くべき話なのですが、今ペン子が具合が悪くなって、新年早々またもや心配な日々を過ごしているので、こっちに書きました。死にまつわるジンクスは繰り返したくない。気の小さな飼い主でございます。