circaのブログ

ほんでもまんで生きとるわいね

日の名残り

最近、自分自身の「死」について考えることが多い。本当はこんなこと考えたくはないのだけど、頭の片隅にへばりついて離れない。わたしもそんなお年頃になったのだろうか。来年には五十路の扉も開く。

 

二年前の夏、友人の旦那さんが47歳の若さで他界した。あの時からわたしだけじゃなくて、未亡人になった友人も含め、わたしの古い友人達の間では自分の「死」について、それぞれが何かしら考え始めている・・感がある。もう少し若い頃は、親の死を看取ることでしか実感出来なかった「死」が、あの出来事を機に「いつかは我が身にもふりかかる」現実として、わたし達に「死」がぐっと近づいてきた。彼の死後、わたしの幼なじみは遺言書を作成した。イギリスで弁護士だか専門家に預けてあるらしい。わたしはまだ、近づいてきた現実におののきながら、そこまで具体的なことは出来ていない。

 

でもどれだけ考えても、わたしは自分がいつ、どんな風に死んでいくのか分からないし、死そのものが、ただ怖い。考えれば考える程怖い。

 

昨夜、いつもの疼痛発作がドカンとやって来た。こたつの中でう゛ーう゛ー言いながら、気晴らしにスマホを握りしめたら、偶然こんな記事を見つけた。

retrip.jp

うう、これは深い。深いこと書いてあるな。10番なんか相田みつをの言葉みたいじゃないか。う゛ー・・。で、昨夜はそのままブラックアウトしたのだけど、今夜改めて読んでみても、やっぱり「なるほど、なるほど」と頷いてしまう。

 

何故人は「死」を怖がるんだろう。なんてことは、わたしにも分からないので答えは出ない。でも以前読んだ本に(ネット記事だったかな)、アメリカ人医師が書いた面白い記述があった。その人はERのドクターで、交通事故などで瀕死の状態で運ばれてくる急患をよく診るらしい。そしてそんな急患の中には当然、もう手のほどこしようがない人も少なくないという。そのERの医師曰く、死に際の患者の多くは、「死にたくない。死ぬのは怖い」と言いながら死んでいくのだそうだ。医師は長いこと、そんな患者の悲痛な訴えに何も答えられないまま、患者の死を看取ってきたそうだ。でもある時からその医師は「わたしはもう助からないのですか」と尋ねる患者に対して、正直に答えるようになったという。「大変残念ですが、あなたは間もなく死にます」と、敢えて本当のことを伝えるのだという。すると医師の想像に反して、患者達の心から、死に対する恐怖心が薄らいでいったそうだ。「あなたの命は、もってあと5分です」と言われると、患者は落ち着いてその時が来るを待つ。神に祈りを捧げる人、家族一人ひとりに別れを告げる人、皆がそれぞれの「最後の数分間」を、有意義に過ごして去っていくのだそうだ。

 

これが事故死ではなく、例えば病気で「あなたの余命は◯年です」というように、年単位の時間が与えられたら、それはまた違った反応があると思う。友人の旦那さんは、余命を宣告された後の最後の二年間は、生き地獄のような苦しみではなかったろうか。誰にも理解出来ない孤独と一人闘っていたのではなかったか。

 

少し話がそれた。

 

11の後悔のどれもしたくはないけれど、わたしの場合、現実には残りそうな悔いもある。全てをクリアして「これで思い残すことはない」と言って死んでいくのは、わたしには無理だろう。旅なんてもっともっとしたいけど、なんせこの身体だし。でも、人生で100点満点を取る必要もないんじゃないか。11の後悔を一つでも減らして生きられれば、多分わたしは満足だろう。

 

11番目の後悔、「もっと幸せを実感するべきだった」。これはわたしにとってはかなりの重要ポイントだ。「大切な人が元気でいる」 - そうか。幸せって、自分自身のことだけじゃなくて、大切な人が元気でいてくれるのも、わたしにとっては幸せのファクターなんだな。また一つ学んだ。

 

「死ぬのはわたしだって怖いわよ。身辺整理はしてるけど、心が折れそうになったらわたしは一旦止めるわよ。自分の心が折れない程度にしか、終活なんてやってられないわよ」と、わたしの精神科の担当医が言った。医師でもそう思うのかと思ったら、何だかホッとした。

 

「あなた、週に一度ヘルパーさんが来てくれてるわよね?」

「はい」

「じゃあ最悪何かあっても、死後数カ月発見されませんでしたって事態にはならないから大丈夫よ」

先生がケラケラ笑った。

下手な慰めなど一言も言わない。リアルな物言いをする先生だ。

それでも何故かホッとした。10何年ものお付き合いがあって、先生の人となりを知っているからそんな風に思えるのだけど。こんな話を先月、診察室で一時間も先生と話してきた。

 

歳をとるとそれなりに、妙な知恵がつく。だから怖いものが増えていくのかも知れない。老いて身体のあちこちにガタも出れば、心配の種も増える。

 

痛みで痙攣が止まらない脚や伸びない背中。急に右腕が動かなくなれば、驚きもするし凹みもする。情熱なんか持てない時もある。リスクを恐れて石橋を叩く時もある。一瞬一瞬に集中出来ない時もある。それでも今ここで、コーヒーをすすって夜更かししてる。昨夜の今頃、わたしは気絶のごとく寝落ちしていた。今夜は上等じゃないか。

 

人生の名残りの時間にさしかかってきたと実感する。漠然とした恐怖や不安にかられて、時々心は弱くなる。でもカズオイシグロの小説に「一日の中で一番美しいのは日暮れ時だ」という一節がある。綺麗な夕焼けを見逃さないでいきたいと思う。