読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

circaのブログ

ほんでもまんで生きとるわいね

またキャパ超える

歳をとると、少しずつ身体のあちこちにガタが出るのは必定。

30半ばで原因不明の難病を発症したこの身はというと、人並みな衰えと共に、病状のそこはかとない悪化もついてくる今日この頃。

 

やるせない。

 

今日は通院日だった。

 

予約の時間に間に合うように支度をと思うのに、極度の疲労感が邪魔をする。心の中ではすったもんだして焦るのに、身体はいっこうにいう事を聞かないのだ。この疲労感を言語化するのはとても難しくて、どう表現していいのか分からないのだけど、とにかく気合や根性で何とかなるという次元ではない。久しぶりに「慢性疲労症候群」という単語が、頭の中に忌々しく浮かんできた。身体が床に沈み込んでいくように重い。トイレに行きたくても起き上がれない。わたしは仕方なく病院へ電話をして、アポ変をお願いした。受話器を握っているわずか数分間も、辛くて仕方がない。主治医の先生が電話の向こうで、お大事にと言ってくれた。

 

ありがとうございますと言いながら、何故だか分からないけど、子供みたいに泣いた。

 

自分の意思ではどうにもならないことを嘆くのは止めようと思うのに、時々感情が制御不能になって、おいおいと泣ける日がある。今日はそんな日で、わたしはどうしようもなくみじめで、情けなかった。

 

心も身体も、キャパ越えしたのだ。

小鳥の病気も自分の病気も、止まらない地震も、一人では抱えきれなくなった。

そして全てが決壊して、心の中で溢れだした。

 

夕暮れ、ようやく少し身体が動くようになったので外を歩いた。

初夏のような陽気で、半袖姿で歩く人たちが通り過ぎて行った。

近くのカフェでアイスコーヒーを飲みながら、小さなノートに思いのたけをつらつらと書き綴っていたら、大分気持が軽くなった。わたしの吐き出しノート。

 

こういう日は何も考えずに、ただひたすら寝てしまおう。

夜が明ければ、明日が来る。

明日はまた新しい日と信じて、まずは疲れ切った心を休めよう。

 

中年女子の悲哀に満ちた一日が、終わる。

侘しさに打ちひしがれた今日よ、さようなら。

f:id:circax:20160426220541j:plain