circaのブログ

ほんでもまんで生きとるわいね

転んでも転んでも

若いころからよく色んな夢を描いてきた。

中学生の時初めてビートルズを聴いて熱狂して、イギリスへ行きたい、イギリスで暮らしたいって夢が心の中で膨らんでいった。

バイトをしてお金を貯めて、やっとイギリスの地を踏んだのは23歳の時。

ロンドンで出会ったイギリス人と恋に落ちた。

付き合い始めて数年が過ぎ、結婚の話が出始めた頃、彼の両親の猛反対を受けて、二人は別れた。彼の両親は戦争経験者で、大のアンチ日本人だったのだ。

故郷を捨ててイギリスに骨を埋めるというわたしの一大決心は、「ジャップ」の一言であっけなく崩れ落ちていった。

 

帰国後、翻訳の仕事を始めた。

最初は派遣社員として大手企業に派遣され、朝から晩まで働いた。

仕事はとてもキツかったけれど、やりがいとか達成感は何物にも代えがたく、わたしは久しぶりに生き生きとしていた。

もっと認められてプロの翻訳家になるんだと野心が芽生えた。

働き始めて三年後には、派遣社員から、下請け会社の正社員として雇用された。

お給料も右肩上がりになった。

うんと働いて一流の翻訳家になって、ジャップとわたしを罵った英国人を見返してやるんだ、なんて息巻いていた。

 

そんな矢先、予想だにしなかった天変地異のトラブルが発生する。

家庭内のカオス。ファミリービジネスに忙殺される日々が始まった。

心穏やか・・ならぬ日々が二年間続いた頃、母が死んだ。

わたしは極度の疲労からうつを発症。

仕事の忙しさではなく、家庭の問題でうつ発症だ。

ある朝布団から起き上がれなくなり、それっきり。

わたしの翻訳家人生は終わった。

これが人生二度目の挫折だった。

 

うつで療養生活を二年間送る。

ようやく出口が見え始めて、目の前に明かりが灯り始めた。

会社の人達は待っていてくれた。また職場に戻って翻訳家として働こうと言ってくれた。待っているからと。

嬉しくて心躍る毎日。復職は一か月後に控えていた。

そんなある日、お風呂場で倒れて意識を失った。

わたしはERをたらい回しにされたけれど、原因は全く分からずじまいだった。

これが線維筋痛症の発症の瞬間だった。

復職のチャンスは無に帰して、今のわたしがここに在る。

 

挫折の多い人生なのかも知れない。

けれど夢は、今でも見ている。

夢なんて贅沢過ぎて、正直見る気力すらない日もあるけれど、わたしが舐めた辛酸など、他の誰の人生にもあることなのだ。

 

だからわたしはこれからも、性懲りもなく夢を見続ける。

 

Netflix火花お題「夢と挫折」

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