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circaのブログ

ほんでもまんで生きとるわいね

ハロウィンが来ると思い出すこと

10月に入ってFacebookの中は、ハロウィンの話題で盛り上がっている。海外の友達の話だけど、みんなハロウィンの夜はお菓子を用意して、仮装して家々を回る子供達に配ったり、家族で食卓を囲んだ後はホラー映画を見るのだそうだ。日本でもこの数年で随分とハロウィンが根付いてきたと思うけど、本場(って何処なんだろう。アメリカ?いや、ヨーロッパらしい)のハロウィンとはちょっと勝手が違うような気がする。少なくともわたしの家に、お化けの仮装をした子供が「Trick or Treat」なんて言って訪ねてきたことはない。

 

ハロウィンが近づくと、毎年のように思い出すことがある。笑うに笑えない悲劇、しかも実話だ。

 

当時わたしはまだ、ロンドンで学生をしていた。ある年のハロウィンの翌日、こんなニューズがロンドンのメディアを駆け巡った。それはアメリカに留学中の日本人学生が、ハロウィンの夜に銃で撃たれて死亡した、という事件だった。アメリカの何処の州だったかは忘れてしまったけれど、その日本人留学生はハロウィンの夜、他の友達と一緒に仮装して、ハロウィンパーティーへと向かっていた。欧米ではハロウィンの夜は、何処でもこんな風なのだと思う。ロンドンにいた頃は、わたしも毎年お菓子を用意して、お化けの仮装をした子供達がドアをノックして来るたびにあげていたし、あちこちでハロウィンパーティーもやっていた。わたしは、夜道が怖いのでパーティーへ出掛けたことはなかったけれど。

 

悲劇は、この日本人留学生がノックした家の家主と彼の、たった一言の「単語」の聞き間違いで起きてしまった。詳しいことは覚えていないけど、留学生は招待された家を間違えて、別の家のドアを開けてしまったのだと思う。とにかく家主は、扉を開けて玄関先に立っている留学生に銃を向けて、「Freeze (止まれ)!」と言ったそうだ。家主はこの留学生の仮装を見て、ハロウィンに便乗してやって来た強盗だと思ったらしい。処がこの学生は家主の「Freeze」を、「Please」と聞き間違えたらしいのだ。緊迫した状況でありながら、ニコニコ笑みを浮かべながら家主の方へ歩み寄った学生は、家主が何度か放った「Stop」の言葉も、ハロウィンの演出だと勘違いしてしまったのだろうか。とにかく彼は、胸を打たれて死んだ。これが「ネタ」なら笑ってしまいそうだけど、嘘みたいな本当の事件だった。撃った家主は、ごく普通の家庭の人だった。「Freeze」と「Please」の聞き間違い、そして家主の「止まれ」の忠告を無視し続けて家の中へ入って行ってしまった青年の間には、意思の不疎通による大きな隔たりが生じていた。家主は留学生を強盗だと思い込み、撃たれた留学生は家主のけんまくを、ハロウィンの演出と間違えたのか、或いは英語を全く理解出来ていなかったのか・・。とにかくこの、一瞬に解くことの出来なかった二人の誤解が、取り返しのつかない結果を双方にもたらしてしまった。そんな事件だった。

 

銃社会 - これが、わたしが留学先にアメリカを選ばなかった理由の一つなのだけど、文化の違い、言葉の壁というのは、人と人の間に大きな壁として立ち塞がる。時にはこんな風に、命の危険すら及ぶほどだ。銃社会のアメリカでは、他人の敷地に勝手に入ると、射撃の警告を受けるのが当たり前らしい。警告に従わなければ威嚇射撃、それでも相手がひるまなければ、最悪は銃殺されても仕方がない。それがアメリカ社会の「常識」なのだろう。英語が殆ど喋れなかったわたしにとってこの壁は乗り越えられそうもなかったし、何より恐ろし過ぎた。だからアメリカに行きたいと思ったこともなく、日本同様、銃社会とは無縁のイギリス行きを決めたのだった。でも実際に行って生活してみると、銃社会ではなくても、90年代のロンドンはすでに日本とは比べ物にならない程、犯罪の多い危険な街だったけれど。

 

海外で暮らしてみると、日本がいかに温室かが見えてくる。わたしも含めて日本人は、犯罪に対する危機意識が、とても低いと思う。帰国して20年以上が経った今は、再び見慣れた光景になったけど、電車の中で居眠りをしている人など、ロンドン時代には考えられないことだった。公共の場でそんな隙を見せたら、スリかひったくりに遭うのが当たり前の街だった。夜の10時過ぎに女性が一人で地下鉄になんか乗っていれば、強姦の危険がいや増してしまう。下宿先のお婆さんには、パブが一斉に閉まる11時過ぎには、絶対に外に出るなと注意されていた。11時を過ぎるとパブから出てきた酔っぱらいが、街中に溢れてくるからだ。そして酔った勢いで犯罪事件が多発する。11時半は、そういう時間帯だった。それがロンドンの「常識」だったのだ。

 

でもわたしも一度だけ、この「常識」から外れてしまったことがある。クラスメイト達との食事会の帰り、夜中の11時半に、一人で家路についていた。そして運悪く、泥酔した20代くらいの男の子達に後をつけられた。怯えながら急ぎ足で歩くわたしを見てげらげら笑いながら、彼らは持っていたビール瓶や火のついたタバコを背中に投げつけてきた。これ以上歩き続けるのは危険だから、目の前にあるガソリンスタンドに駈け込んで助けを求めようと思った矢先に、酔っぱらい達は消えていった。あれ以来わたしは一度も、夜道を一人で歩くことはなかった。帰りが遅くなる時はいつも、ミニキャブを呼んで、車で帰宅するようになった。

 

「常識」というのは、国によって全く異なる。日本では、財布を落としても他の国に比べたら、無事に戻ってくる確率がうんと高い。イギリスでそんなことをしたら、百発百中、財布が戻って来ることなんてない。ここは勿論、銃社会でもない。温和な人達が温和に暮らす「温室」育ちの日本人にとって、海外での生活は時に、想像以上にショックな出来事や、恐怖体験があったりするものだ。これだけ嫌な犯罪が多発している今の日本でさえ、欧米の「今」に比べたらやはり、温室であることに変わりはないのだと思う。夢や希望を持って海の向こうへ渡るのなら、まずは自分の身を守ることが最優先だ。その為にはとにかく、「郷に入っては郷に従え」なのだ。日本の常識を尺度に物事を考えると、あの事件ほど極端なことにはならなくとも、確実に誤解が生じると思うのだ。

 

アメリカの「常識」にまだ不慣れな青年だったのだろうか。英語を聞き間違えた故の、悲劇だったのかも知れない。東京で毎年ハロウィンの夜に、渋谷が仮装した若者達で埋め尽くされる映像を見る度に、何て牧歌的な夜だろうと思いながら、あの事件を思い出す。あの日本人青年の事件だけではなく、アメリカではハロウィンの夜に、恐ろしい犯罪や事件も多発するらしい。日本で暮らすわたしには海の向こうのハロウィンはよく分からないのだけど、あの事件を思い出すたびに、牧歌的とは程遠い想像をつい、してしまうのだ。

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