circaのブログ

ほんでもまんで生きとるわいね

思い出の家具にさようなら

真冬がくる前に、部屋の模様替えが終わった。10数年ぶりに大々的な模様替えをして、今回は古くなって壊れた大きな鏡台も、使わなくなった机や本棚も、思い切って捨てた。

 

大きなライティングデスクは、小学校の入学祝いに両親が買ってくれた。当時両親は相当、わたしの為に奮発したのだろう。貧しい我が家には不釣り合いなほど、高価な机だった。新品の木製の机に座って、7歳のわたしは嬉しくて嬉しくて、算数や国語のドリルをやるのが好きだった。わたしには歳の離れた兄がいて、当時高校生の兄が勉強をしている姿がやけに大人に見えて、自分も大人の真似をしたかった。良くも悪くも思い出が多過ぎて、あの机を捨てるのが一番勇気が要ったけど、何日も悩んで結果的には、処分することにした。

 

業者さんが家具を引き取りにきてくれた日、わたしはトラックの荷台に積まれた思い出の家具に、業者さん達に気付かれないようにそっと手を合わせた。40年も昔から、当たり前のように家の中に馴染んでいた、大きな本棚、机。それから、二十歳の時に義姉から貰った鏡台。振り返ればこの鏡台とも30年の付き合いだった。名残惜しさはあったけれど、これら全ての家具に手を合わせ、心の中でありがとうを言って見送った。

 

家具を捨てたのは、部屋が手狭になっていたのと、5年前の大地震の教訓から、部屋に倒れる危険のあるものを、なるべく置いておきたくなかったからだ。現に机も本棚も、天井部分がもうひび割れていて、突っ張り棒で固定することも出来なかった。

 

家族の思い出が詰まった家具を捨てた日、両親の仏壇にも手を合わせて、父と母に感謝の気持を伝えた。ものはなくなるけど、思い出はずっと、わたしの胸の中に残る。楽しかった思い出も、辛い思い出も、全部。

 

家の中の大きな家具は殆ど捨ててしまったけど、母が最後まで大事にしていた箪笥だけは、残した。母が死んでからずっと、鳥部屋に放置して振り向きもしなかった箪笥を、わたしの部屋に持ってきた。お金も信頼も全てを失った、借金まみれの母が、最後まで手放そうとしなかった箪笥。母にとっては、亡くなった父との思い出が詰まった箪笥だったのだ。鳥部屋で長年埃をかぶっていたけれど、箪笥を丁寧に磨いて、それなりに見栄えも良くなった。箪笥の中は幸い、カビ一つ生えていなかったので、今はわたしの服を入れて、大事に使っている。上段の小さな引き出しには、父と母の、わずかばかりの遺品も入っている。

 

部屋を見渡す。空間が広くなった。四角い部屋の真ん中に、肌触りのいい、モスグリーンの布団をかぶったこたつが一つ。こんな質素な部屋だけど、ここはわたしだけの城。マグカップ、ちっちゃなお菓子の缶、額縁。高価なものは何もないけど、今のわたしにとって、気持が華やぐものだけが部屋にある。

 

こうして真冬を目前にわたしの城は、リニューアルオープンした。

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